猟官制とペンドルトン法

猟官制[1]とペンドルトン法
    猟官制の誕生;ジェファーソン大統領の就任[2]1801
    最盛期;ジャクソン大統領の就任[3]1829
            →以降、猟官制(spoils system)が定着

 
    1883年 ペンドルトン法[4]制定;メリット・システム(資格任用制)の導入
                          試験+成績主義

      【背景】
      南北戦争(186165)後の再建期-----行政活動の膨張
            →猟官制の弊害(行政の素人化,政治腐敗)の認識

 cf.ノースコート・トレヴェリアン報告[5]1853;イギリス)

  cf.ナポレオンの公務員制度改革
[6] 


[1])公務員の任用を党派的情実により行う政治的慣行。
[2]T.ジェファーソンは、「有権者の意思が、官職の人事にまで反映されてこそ真の民主主義」として、政府高官の大幅な更迭を断行し、自派の人々 を多数登用した。
[3])第7代大統領A.ジャクソンは、ジェファーソンを上回る大幅な更迭を実施、官僚の登用に際しては、選挙への貢献度を重視した。
[4])資格任用制(メリット・システム)と政治的中立性を根幹にした最初の連邦公務員法。
[5])イギリスにおける、公務員の任用において公開競争試験の採用を提案した報告。公務員制度の改革が実現したのは19世紀後半。
[6])ナポレオン(1769-1821)は、フランスの公務員制度を、選挙による選出から、単独の長官による選出へと改革した。

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